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1.満ちている世界


鳥が木の実をついばみに来ています。

食事の時間になると、木々に集まり、お腹がいっぱいになると、飛び立っていきます。

鳥たちは、袋の中に食べ物を詰め込んで「自分の分」を持ち歩いたりはしません。それらはいつも世界に満ちており、欲しい時に自由に与えられるものだと知っているからです。

この星にはまだまだ、自然界という大きな懐に、こうした豊かな秩序が生き生きと息づいています。

満ちているものを、自由に与えあう世界です。

わたしたちの概念は、動物たちが食うか食われるかの厳しい状況にあるとき「生存競争のため命をかけて戦っている」と言いたくなるのではありませんか?

しかし、これも「命をかけて与え合っている」と言うことが出来ます。

わたしたちは、自分が持っている価値観の中でのみ、物事を図り表現するように出来ています。

ご存じの通り、人間界のフィールドでは「与え合う」ことよりも「奪い合う」ことで世界が成り立っています。

そして、このような「奪い合う世界」を強固に支えているものとは、そのことを信じて疑わない、わたしたち一人一人の意思や概念なのです。

わたしたちは今、「あまりに多くを持ちすぎている」という事態に対して、まだまだ自覚がありません。

目に見えるモノであれ、見えないモノであれ、わたしたちが何かを新しく持とうとする時、同時に"それを失う恐れを持つ"という習慣を、身につけてしまいました。

持っていない恐れから、より多くのものを持ちたいと願いますが、持ったら持ったで、手に入れたモノを失う恐れが比例して増えていきます。

「何かを持つ」ことによって「さらに持っていない部分を発見する」という、穴埋めゲームのような現象が起こり続けています。

このとどまることを知らない"欠乏感"こそが、この星を"物質の海"へと仕立て上げています。

一人の人間が使っても使っても、捨てても捨てても、まだまだあり余るほどのモノ・モノ・モノが、この星にはあふれ返っています。

それなのに、「家がない、食べ物がない、〇〇がない」‥と実際的に足りていない人々は、ひたすら足りない状況に置かれ続けてしまいます。



なぜなら、この世界が 「奪うこと」によって成り立つシステムで営まれているからです。

そして、これは物質レベルのことに限りません。

わたしたちは、人間関係を築きながらも、同時にお互いのエネルギーをしょっちゅう奪い合うので、知らないうちにどっと疲れてしまうような現象が起こります。

「食うか食われるか?」の現象が、エネルギーレベルでも起こっているのです。

エゴはいつも不安です。

いくら満たしてもどこか満たされず、確かな手ごたえを欲しがります。

形や証明が大好きです。

評価や賛美などの"非物質的なもの"なら尚更、その手ごたえをしっかり感じていたいと願います。

そんな切なる願いから、今この瞬間も様々なシーンでエネルギーの奪い合いが起こっています。

人からの羨望や同情を勝ち取ることが出来たら、それがエゴの生きる糧となり、さらなるエゴを肥え太らせることもあるでしょう。

そして最終的には、勝ち取ったエネルギーを奪われないようにと、更なる執着が生まれてしまいます。

それが、わたしたち人類が、長い年月をかけて育て上げてきた、エゴの特性です。

ですから、そんな自分の一面に出会ったとしても、もう決して自分を責めることはしないでください。

ただただ、あなたはそのことに深く気付いてあげてください。

そして、このことに秘かに気づかれたあなたは、このような世界でこれからも生きていきたいと、本当にお思いでしょうか?

与え合う世界は、その創り手であるあなたが「そう在ろう」と決めた瞬間から、ゆっくりと姿を現し始めます。

この世界は、ある一定量の人間が、与え合う世界へと意識をシフトしたその時、数の原理によって大きな秩序の変容が起こり得るようになっています。

とは言え、そんないつ来るか分からない社会の大変容を待ちわびること自体が、もはやナンセンスです。

戦いの土俵を下り、戦う相手がいなくなり、最後の一人になった時、あなたはその相手が最も手ごわい存在であったことを思い知るでしょう。

その相手こそが、自分自身です。

あなたはその人生をかけて、『自分自身』に、真の豊かさ・真の平安を教え込むことが出来ます。

これこそが、どんな物質でも埋めることの出来なかった内なるブラックホールを、満ちているものでいっぱいの光の器へと反転させる、唯一の方法です。

あなたの意識が「足りないモノを常に見せてくる外側」から、『満ちているものでいっぱいの内側』へと、ピントを合わせることが出来た時、あなたは初めて「自分に欠乏しているものが本当は何だったのか?」を自覚し始めることになります。

そして、あなたは気付かれるはずです。

自分はもう既に眩しいほどの十分なものを持っていたのだということを。

ただ一つ‥、

「私は持っているのだ」という生き生きとした"実感"を除いては。

あなたの欠乏感を作り出しているものとは、自分が持っているものに対する無感覚「実感の欠如」に他なりません。

あなたが、たった1つだけ、手に入れなければならないものがあるとしたら、それはあなたの"実感"です。

途切れることのない「豊かさの源泉」とは、それを発見し続けることが出来る、あなたの生き生きとした"実感覚"にあるのです。

自分の豊かさに対する、自分自身の主体性こそが、あなたの人生を豊かにし続けることが出来ます。

"豊かな世界"とは、そこにある全てを感じていられる『あなたの心の在りよう』のことなのです。

そして、あなた自身が「自分一人」を内側から満たすことが出来たとき、あなたはこの星の真の豊かさに貢献し始めることになるでしょう。

至福に満ちた人生が、いつもいつでも"あなたの内側"から、展開されてゆきます。

あらゆるものを持っているのに常に足りない世界から、

全ての実感と共にある、満ち満ちた豊かな世界へと―‥。

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