✦命の祝福 ✦花粉症——自分をむしばむ思考から解放されよう
- Bio Sinfonia
- 4月3日
- 読了時間: 29分
更新日:3 日前

「あなたが生まれてきてくれて、ありがとう」
私たちは日頃、そんな風に誰かからストレートに言われることはあまりないかもしれません。
しかし、それでも私たちは、みなそう言われるに値する存在です。
そんな言葉を人間からあまり言われたことのない私たちでも、毎年巡ってくる春という季節が、【生命の祝福】をありありと象徴しています。
自然界の命が次々に芽吹いていく姿は、無数の命を祝福する地球本来の姿勢を私たちに見せつけてくれます。
春という季節が毎年、私たちに強烈に見せてくれているものは【命の祝福】という地球からの無条件の愛です。
そして、そんな素敵なものを象徴する物質のひとつが、花粉という存在です。
花粉は、地球の命の豊かさを育む「はじまり」を告げる息吹きです。
しかし近年、そんな花粉に対して、執拗に悪いイメージがつきまとい、私たちの春がすっかり不快なものへと成り下がっています。
毎年、春が近づいてくれば、「花粉がいかに厄介な症状を引き起こすか?」という解説を、さまざまなメディアから映像つきで見せられるようになります。
それを見た私たちは、花粉への嫌悪感を知らず知らずのうちにすりこまれ、不快症状と花粉のイメージとが頭の中でセットになっていきます。
しかし、です。
「花粉で具合が悪くなっている」ということ自体が、創作されたイメージかもしれません。
そのいい例が、ここにいる私です。
私はアレルギー検査では、重度の花粉症ということになっていました。
血液検査の結果では、アレルギーの最高ランクの値をはるかに上回り、グラフは軒並み振り切れている状態。
スギやヒノキの花粉をはじめ、その他の項目もズラリと異常事態が並んでいたのです。
このようなアレルギー検査を私が初めて受けたのは、花粉症の点鼻薬の「治験」に参加したときのことです。
今考えてみると、我ながらよく治験に参加したね!と感心しますが、当時は無知の極みの20代前半のころで、本当に気軽な気持ちで参加しました。
そのころの私は、タバコの煙をわずかでも吸い込んでしまうと一瞬で両鼻がつまるようになっていたので、薬局で買えるタイプの点鼻薬が手放せなくなっていました。
私自身はタバコは吸いませんでしたが、仕事でもプライベートでもタバコの煙にさらされる環境にいたので、市販の点鼻薬に頼るしかありませんでした。
しかし、使っているうちに、そんな点鼻薬も日に日に効かなくなっていったのです。
そこで、市販のものはどれも効かなくなってきたし、バイトもかねて新しいものが試せるならラッキー!くらいの気持ちで治験に参加しました。
今考えると、本当に貴重な経験だったと思います。
それがあったおかげで、医学における「対照実験」や「コントロールの概念」を学ぶことができたからです。
もともと私は、治験に参加するまでは、病院で花粉症を診てもらったことがありませんでしたが、自分がひどい花粉症だという自覚はありました。
そこで応募をし、検査をしてもらったところ・・・
予想通りの花粉アレルギー!、どころの話ではなかったのです。
治験が開始される前、私は個別に医師に呼ばれ、奥の部屋に案内されました。

「何事か?」と思えば、「金子さんはアレルギーが重すぎて治験に参加している場合じゃないから、今すぐ治療してください」というお話だったのです。
フレンドリーな女性の先生で、私のことをとても心配してくださいました。
発売前の最終的な治験だったこともあり、けっこう大規模な治験だったようで、少なくとも数百名以上の規模はあったと思います。
そんな参加者全員の中で、私の存在は「いわゆる一番」を通り越し、
「もう、ぶっちぎりなんですよ‥金子さんは、、」と言われました。
予想外にも、他の追随を許さないレベルでアレルギー度合いが飛びぬけているとのお話。
ぜんぜんピンと来ない私に、「世間ではあなたよりずっと軽い人が普通に治療に通っているんですよ」というお話から、「辛いでしょう? しんどいでしょう? そんな状態で毎日どうやって過ごしてるの?」等々と、いろいろ心配してくださいました。
しかし私は、
「慣れているので大丈夫なので、このまま治験に参加します」
という意向を告げたところ、先生的にはそんな答えが返ってくるとは思わなかったようで、かなり驚かれていました。最終的に先生は、
「...アタシだったら絶対ムリっ!」
と締めくくっていました。先生の熱のこもったお話は印象的で、ちょっとびっくりの体験でもありました。
そんな風にしてスタートした初参加から、私はその後、花粉症に特化した治験に4~5回は参加したと思います。
さすがに口から飲む系の薬はやりたいと思ったことさえありませんでしたが、とにかく両鼻がつまるのが悩みだったので、新しい点鼻薬には興味がありました。
私は「花粉症」と「通年性アレルギー性鼻炎」の点鼻薬の治験に何度か参加し、また花粉症による「アレルギー性結膜炎」の点眼薬の治験にも2回は参加したと思います。目の症状も人並み以上で、年間を通して何らかの目薬を必要としていたからです。
こんな感じで、治験のたびにアレルギー検査の詳しい一覧表を手渡されるわけですが、毎度のことながら驚異的な成績だったというわけです。
もはやこのとき、私にとって西洋医学の治療は「その場しのぎ」にすらならないレベルになっていました。
そんな花粉症のエピソードを持つ私ですが、その後の体験で「自分が花粉症だ」という概念が崩壊した瞬間がありました。
そんな体験をしたのが、山の奥地で暮らしたときのことです。
街にお住まいの方からすれば、今現在の私の住環境でもかなり山奥に見えると思いますが、以前はもっとすごいところに住んでいました。そこは、日本のジャングルのような奥地で、街に出るまでがとってもとっても遠い、まさに「秘境」と呼ぶにふさわしい場所でした。

(水道すら通っていない天然水と薪の暮らし。ここで7年過ごしました)
そのときに住んでいた山小屋の環境は、スギ林とヒノキ林に囲まれた森の中でした。
言うなれば、まさしく私の「アレルゲンの懐の中」です。
医学的に見れば私は、アレルギー物質の海の中で暮らし始めたということになりますね。
そして、引っ越しとともに、初めて迎えた春——
愛犬との朝の散歩で、森を歩き始めた途端・・・

(当時の美しい散歩道)
はしゃぐ愛犬と一緒に、勢いよく土を踏みしめる自分の一歩一歩にあわせて、微細な花粉が「ぱふっ、ぱふっ」と舞い上がり、私の顔の前でふわっ~と踊るように広がったのを今でも鮮明に覚えています。
人生で初めて体験する、見事な花粉のシャワー。
ほんの数年前に東京の専門施設で検査をしたときには、重度のスギ花粉症&ヒノキ花粉症だったはずなのに、森の中でそれらの「本物の花粉」のシャワーを浴びてみると、驚いたことにクシャミのひとつも出なかったのです。
人間は、コショウでもクシャミくらいは出ますから、別にくしゃみのひとつくらいは出ても不思議ではありませんでしたが、クシャミすら出ませんでした。
完全に大丈夫だったのです。
そして、その翌日も、その翌日も、ずっと大丈夫でした。
涙も、ムズムズもなし!
頭痛も、倦怠感もなし!
風が吹けば、家の中にいても、窓から黄色い花粉が豪快に宙を舞う様子が何度も見えて、
「わぁ~、綺麗だー!」
と感動したのを覚えています。
スギとヒノキのジャングルの中に引っ越した最初の春に、私の中にあった「花粉症」という概念は崩壊しました。

しかし、東京から田舎に戻ってきたばかりの最初の数年間、「ごく普通の田舎」で暮らしていたときは、このような心境とは程遠いものでした。
普通の田舎だと、だいたい視界のどこかや、少なくとも遠くの方に、スギやヒノキの山々の風景が見えます。
あるいは、小さな森だったり林だったりする景色が、視界のどこかに見えるかもしれません。
なので、
「あそこに見えるスギやヒノキから、ここまで花粉が飛んできて、自分を苦しめているんだな・・」という感覚になっていきます。
実際、車の窓には花粉がびっしりついて黄色くなることもありますから、そんな実感も強くなると思います。
遠くに見える木々から花粉が飛んできて、クシャミや鼻水が出て、目もかゆくなり、喉も痛くなって、頭は重くなって、体はだるくなって・・・
と、誰もが思います。
テレビやネットニュースからの根強いすり込みもあって、人はみな「あのあたりに見える木々から花粉が飛んできて・・」というイメージがふくらんでいき、
そして最終的には、
自分の目に映る現実の景色がこんな感じでもなお・・・

「.....スギ花粉が‥!」
という、リアルな実感を伴う思考回路が完成していきます。
目の前にひしめき合う合成化学物質のことは奇跡的にも頭によぎらず、生涯、美しい自然に対して嫌悪する、作られた価値観を持ち続けてしまう日本人がとても多いと思います。
私自身も、以前はそのような考え方で生きていました。
実際、タバコの煙で両鼻がつまって点鼻薬をシュッと差している私の様子を見て、何か言いたそうにしている友人に対しては、「あ、わたし花粉症だからさ」と説明していたと思います。
普通に考えれば、
「タバコの煙で両鼻がつまったら、タバコの煙が原因でしょうね」
と考えるのが「何も洗脳されていない人」の思考になりますが、人間歴が長くなればなるほど、生きていくうちに頭の中が強力にメディアに調教されてしまうため、そういった現象を「花粉症だからね」とか「通年性のアレルギー性鼻炎だからね」という天才的な思考回路に置き換えて考えるようになってしまいます。
私自身はありがたいことに、実際にスギ林&ヒノキ林のど真ん中に住むチャンスに恵まれ、植え付けられた価値観が見事に崩壊してくれました。

その時点から私の頭の中では、血液検査の数値や「抗原・抗体」という理論に対しても見方が変わってきて、
「病院の検査という切り口は“現実とは違う何か”を見せてくれているようだ」
という観点が育っていくようになりました。
と同時に、
私の中で、もう一つ解消しなければならない大きな疑問もありました。
というのも、アレルギーを調べる際に「血液検査」以外の検査も行っていたからです。
特に、鼻の中に直接「花粉」を入れてアレルギー反応を調べるタイプの検査は、非常にダイレクトだったため、強烈な印象として残っています。
鼻の中に直接「これが花粉ですよ、と言われるもの」を入れられて、実際の症状やアレルギー反応の具合を調べるというものでした。
これをやったとき、私の場合は速やかにアレルギー症状が出て、忘れられないくらい非常に辛い症状の嵐が、20時間くらい続いたと思います。
花粉を鼻に入れてから、翌日の午後くらいまでキツい症状が続くといった具合で、アレルギーというより、アナフィラキシーに近いくらいの症状でした。
そのとき私は、間違いなく「花粉に対してこのような症状が起きている」という認識だったと思います。
しかし、
「本物の花粉」のシャワーを浴びて、そんな風に植え付けられた概念も崩壊しました。
そして、すぐに湧き上がってきた疑問は、
「じゃあ、あのとき鼻の中に“花粉”を入れられて、あんなに辛い症状が出たのは何だったの? なぜだったの?」
ということ。
そんな疑問が湧いてきました。
ですがこれも、「正しい疑問」を抱けた時点で、自然と答えは見つかります。
私は、医師から説明された通りに「鼻の中に花粉が入れられた」と思っていたわけですが、よくよく考えてみれば鼻の中に入れられたのは「花粉だけではなかったはずだ」と気づかされました。
調べてわかったことは、あのとき私の鼻の中に入れられた「花粉と呼ばれる物質」を構成していた内訳は、
・化学的に精製された「花粉」
・界面活性剤(ポリソルベート80など)
・増粘剤(メチルセルロースなど)
・金属封鎖剤(エデト酸塩など)
・抗酸化剤(亜硫酸ナトリウムなど)
・pH調整剤(リン酸緩衝液)
・保存剤(フェノールなど)
・安定剤(ヒト血清アルブミンなど)
・等張化剤(グリセリン、ブドウ糖など)
・生理食塩水・・・etc
だったということ。
これはもう、私に言わせれば、花粉ではなく「合成化学物質のカクテル」です。
これらの添加剤が入っている理由としては、主役である精製された花粉を守り、花粉のアレルギー反応を確実に観察するために必要な成分‥ということになっていますが、私のように化学物質が苦手な体質ならば、これらが原因で辛い症状の嵐にもなりますよね。
実際、山小屋の暮らしで辛い症状が出たのは、花粉が舞っている・いないに関係なく、すぐ隣の敷地で【農薬がまかれたとき、除草剤がまかれたとき、ゴミの焼却や野焼きがあったとき】などだったのです。
その地域での暮らしは、あまりに山奥すぎて、自分も含めてほんの数人しか人間が存在していませんでした。
わが家のメンバーと、「その薬剤をまく近所の人」という、最小単位の共同生活だったのです。
なので、環境中の「汚染物質のある/なし」が非常にわかりやすい最高の実験場でもありました。
朝起きて、
「何でこんなに具合が悪いんだ? 辛い、辛すぎる・・」
とグロッキーになりながらカーテンを開けると、隣の敷地を管理しているおじさんが除草剤のタンクを背負って広大な敷地じゅうに除草剤をまいているのが見える‥といったパターンです。
そういった分かりやすい人間の行動と、環境中の薬剤増加を決定的に結び付けるパターンが年間を通して何度も展開され、非常に辛いながらもいい勉強になりました。
そこで暮らしているとき、自分の体のセンサーがいかに農薬や除草剤などの薬剤にハッキリと反応しているのか?というのを思い知らされました。
また、ごみ焼きや野焼きが始まったときに、決まってクシャミ・鼻水・悪寒などが急に出始めて気分が悪くなるのか?という現象を体験させらました。
私の場合は、花粉ではなかったのです。
しかも、こうしたアレルギーの概念が崩壊したのは、スギやヒノキだけではありません。
ほかにも、「ヨモギ」や「カモガヤ」など、さまざまな植物・樹木がアレルゲンとされていますが、それらの花粉に対してもまったく問題ありませんでした。
有害な合成化学物質が存在していない環境下でふれあった自然の恵みは、私にとっては有害になりようがなかったのです。
そして、極めつけにもう一つ。
人間社会が盛大に敵視にしている存在といえば、ダニ類です。
真相はむごいもので、人々が「ダニを恐れること」で生み出されるビジネスは一大産業となっています。
私自身にとっても、「ダニは怖い」という概念を植え付けられたのは、子ども時代のことでした。
当時は、テレビで「いかにダニがおそろしい存在か?」という特番が何度も放送されていた時代でした。
そんな強烈に恐怖をあおる番組を見た私の両親は、家じゅうのダニ退治を始めました。
最終的には季節を問わず、私と両親の寝室には「虫よけベープ」のような商品(←農薬・殺虫剤)が常につながれているようになり、さらに私が寝る布団の下には「防ダニシート」が敷きつめられました。
私は、体が弱い子どもだったことから、家族で私の布団の下にだけ、防ダニシートが敷かれたのです。
そのころから私は、さらにひどい体調不良に陥るようになっていきました。
両親が敷いた「防ダニシート」とやらが、まさか人間の生命力をそぐ毒物「農薬&殺虫剤シート」でしかなかったことは、小中学生の私には、夢にも思わなかったことです。
まさに、これこそが現代社会の落とし穴、「病気の原因を見誤った結果、さらに病気になる負のスパイラルに自ら落ちる」という黄金パターンです。
しかし、これがきっかけとなり、現代にはびこる「防ダニ製品」の数々がいかに有害なものかを理解するようになりました。
これらは、諸悪の根源である巨大ケミカル産業から派生し、私たちの懐の中に「正義」の顔をして入ってきた日用品の数々です。
「ダニはおそろしいもの」という物語のもと、そんな仮想悪と戦う名目で、私たちは日夜、自分や家族にコツコツと毒を盛っている状態なのです。
今現在、防ダニグッズを使ってしまっているお宅は、速やかに処分されることをおすすめします。
特に寝具類は、昔から「防ダニ加工」のものが多いので要注意です。
ごみの大量処分は地球にダメージがかかり、決していいことでありませんが、ひとつひとつ学んでいくことで、そもそももう二度と「正義の顔をした毒物」を買わないようにするしかありません。
本当に有害なものはダニ類そのものの存在ではなく、ダニを恐れることにより生み出される有害な製品の数々です。
私自身、ダニの検査でも、数値が振り切れるほどの重度のアレルギーという結果でしたが、自然界の多様なダニたちとも付き合ってきて、何ともありませんでした。
山奥での暮らしなので、実際にダニに刺されたり食いつかれたりしたことは1度や2度ではありませんし、死骸も何かの機会にしょっちゅう触れることはありますが、何ら問題はありません。
(愛犬とマダニのエピソードはこちらにも少し書きました)
ダニ界では、何かの拍子に刺したり食いついたりする種類はごく一部のみで、ほとんどは何もしない無害な子たちばかりです。
それを、わざわざ事前に殺そうと薬剤製品を持ち出してくるとき、初めて深刻な事態が起こり始めます。
こういった有害化学物質系の商品を、自宅や職場の中からくまなく排除していけば、「ハウスダストアレルギー」という症状からも自由になっていけるはずです。
ハウスダストアレルギーの概念では、ダニの死骸等に加え、ペットのフケやたんぱく質などが関係していると言われていますが、これもよくできた物語です。
医学的には、ワンちゃんや猫ちゃんのフケやたんぱく質でアレルギーが出るとされていますが、そういった無害な自然物が「危険だ」と考えるより、どこにでもあるフケやたんぱく質に付着した「有害化学物質が有害だ」と考えるほうが理にかなっています。
私自身も、犬のフケやたんぱく質で症状が出る「犬アレルギー」ということになっていましたが、ムーンの体からはがれ落ちた何かでアレルギー症状が出るなど、あり得ないことでした。

(ムーちゃんに対してもシャンプーやスプレーなどの化学物質は一切不使用でした)
すでに愛犬と生活し始めてから、「そういえば犬アレルギーだった!」と思い出しましたが、もはやどうでもいいレベル。
動物に関連して私が唯一、体調不良になってしまうのは、化学物質があふれるペットショップのケミカル製品の売り場に行ったときだけです。
プラス、そういったペットグッズをご使用の飼い主さん&ワンちゃんと街ですれ違ったときです。
ペット関連の薬剤グッズは大量にあり、ネオニコチノイド系の薬剤が使われている商品も多数あります。(関連記事:愛する家族にネオニコチノイド?)
そういったものが使われているワンちゃんは、体中に農薬をかけられたようなかわいそうな状態になっていますが、すれ違っただけで私も体調不良になってしまいます。
私は、動物そのもので具合が悪くなるのではなく、動物にかけられている薬剤やケミカル的な要素に反応していたのです。

(そして私は猫アレルギーでもありますが、今やこのとおり:月ちゃん)
というわけで、
自然界のさまざまな動植物のアレルギーのチャンピオンだった私が、一つ一つ実物とリアルに関わりながら体験してみると、真相は全部ちがいすぎて衝撃でした。
もっと言えば、動植物だけでなく、卵や乳製品などの食材も同じ要領で突き詰めてしまい、「自分のアレルギーって、イリュージョンかも‥」という抑えきれない探求心のもと、アレルギーの全ジャンルの真相を自分に対して証明してしまいました。
おかげで今、わが家の食卓は、自然で良質な食材であれば何も制限することのない、とても豊かなものになっています。
そして、たくさんのアレルギー患者さんを診てきたベテランの先生から同情されるほど凄まじい症状と検査結果を打ち出してきた私ですが、今や花粉の心配を一切することのない心地よい春を謳歌しています。
そうなれたのも、単純に「いらない合成化学物質」を暮らしの中から排除してきた結果です。
辛い症状をどうやったら出さないようにできるか、あるいは極限まで軽い症状で済ませるようにできるのか?という方法は、いつも言っているようにシンプルです。
「有害化学物質を取り込まない暮らしを実践すること」
それは、何かを“治す”とうたう薬剤や、何かを“解決する”とうたう農薬系商品にとどまりません。
柔軟剤、除菌スプレー、抗菌グッズ、芳香剤、防虫剤、100円ショップでも買える虫よけグッズなど、有害さが過激な日用品は山ほどあります。
そして、食事に気をつける以外にも、毎日着る衣料品や寝具に「抗菌防臭加工」などの薬剤加工が施されたものを選ばないようにすることは、とても大切です。
今の衣料品や布製品は、綿なのか麻なのか、ポリエステルなのかシルクなのか、そういった素材について考える以前に、まず大前提として「抗菌防臭加工、防ダニ加工、消臭加工、抗ウイルス加工、難燃加工、防火加工・・」などなどの薬剤加工がされていないかをよく確認した上で購入されることを、強くおすすめいたします。
衣料品から漂う薬剤成分は、人を病気にする勢いを加速させていると思います。
肌が荒れたり、発疹が出たりするだけでは済まされない話です。
加えて現代では、体を弱体化させてしまう電磁放射線に対しても気をつける必要があります。
ご自宅のインターネットを有線接続にすること、スマートメーター化には同意しないこと、やめられるLEDはやめて昔ながらの白熱電球に戻すこと、などなど。できることはたくさんあります。
体が弱っているときは、花粉症のような症状も出やすくなりますが、幸い「体を弱らせるものが何なのか?」はわかっていることなので、単純にそれらをやめたり、別のものにシフトさせていけばOKです。
辛い症状が季節の変わり目に出てきた場合は、体からのサインだと受け止め、「有害物質の影響が蓄積しているようだから衣食住を見直そう」という気持ちで、チャンスに変えていけば、人生が好転するきっかけになると思います。
有害な合成化学物質は、衣食住の全ジャンルにしみわたっていますので、自分のお家や自分の体内に何かを招き入れる際に、ひとつひとつ立ち止まって丁寧に選ぶ心の余裕を持つことが、健康につながっていくと思います。
まずは、小さな心の余裕と、深呼吸からです。
今年の春、辛い思いをされた方は、「今この瞬間から次の春まで」の体調管理がカギになります。
その結果が、必ず来年の春に【形】となって表れてくれます。
できるかぎりオーガニック食品を選ぶようにし(※)、添加物や加工食品は可能な限り減らし、毎日たっぷりのお水を飲んで、基本的な運動や、自分に合ったレベルの筋肉トレを実践すること。
(※‥‥金銭的問題や「手に入らない」という理由で無農薬にできるものが限られる場合、お米よりも野菜類を優先してください。納豆やお豆腐、味噌や醤油も今では無農薬でも価格とのバランスが優れたものがありますので探してみてくださいね)
そしてもちろん、精神的なストレス対策も、とてつもなく重要です。
《セルフワーク》
ノートを準備して、具体的に書き出してみよう


衣食住の分野と、メンタル面、運動面の現状を振り返り、さらに意外と見落としがちな「水は十分に飲めているか?」という点も見直してみて、気付いたこと・思い当たること・今はまだ実践できていないことなどを書き出してみよう。
どんなに小さなことでも、ひとつひとつ表面化させたら、実際にできるところから取り組んでいってみてください。
気軽にできるものは気軽にやってみて、気軽にはできないものは「なぜできないのか?」という自分の気持ちや現在の事情も書き出し、自分の本音や、自分独自の「極論」に出会えるまで心の中を掘り下げていってください。
それらを自分の言葉でしっかり認識した瞬間に、そこからまた何かが始まります。
そうやって過ごしてみて、来春の結果が「ちゃんと選択した分だけ確かに変わってくれたな」と思えたら、さらにもう一年、そのまま続けてみてください。
すると、再来年に迎える春は、一歳分、年をとって自然に老化したにもかかわらず、健康面では若返ったかのような健やかさを感じられることと思います。
ひとつひとつの実践は小さなことかもしれませんが、その積み重ねの結果というのはとても正直なものです。
そして、とても希望が持てる方法だと思います。
実際、これは大量の「アレルギー患者集団」の中で、先生に「ぶっちぎりの1位」と言われた私が、花粉症をはじめとしたアレルギー症状を消した方法でもあるので、どんな人にとっても希望は持てると思います。
そして、究極的なお話をするなら、もし人生の転機を迎えるようなことがあるなら、自分が暮らす環境やお仕事そのものを見直し、「生きる環境」という視点からも人生設計を見つめ直してみると、体と心の健康が大きく飛躍するきっかけになるかもしれません。
心身が健康になると、もっともっと自然本来の春を楽しめるようになると思います。
産業界の大気汚染物質や、空を舞う有害物質の未知なる要素など、自分の力ではどうしようもない何かにも、負けない体になっていきます。

(どこに住むかという点も、自分の心身の個性と応相談で人生設計できればよいですね。)
最後になりますが、私は「花粉症がない」と言いたいわけではありません。
特定の植物や樹木に、強いアレルギーのような症状を起こす人というのは、確かに存在すると思います。
実際、私の親しい人でそのような人がいますが、社会で一般的に花粉症だと言われているようなものとは、微妙に一線を画していることにも気付かされます。
ここを掘り下げると話がふくらみすぎてしまうので、別の機会にしますが、
本当に「花粉だけ」に症状を起こす人や、純粋な植物アレルギーのような症状を起こすタイプの人は、考えられているよりもずっとずっと数が少ないのではと個人的には感じています。
そして、そういった植物に特化して強い反応を起こすタイプの人でさえも、確実に人工的な有害化学物質や加工食品の影響で、体調がより深刻に悪化する様子を目のあたりにしてきました。
ですから、誰であれ、どんな体質をお持ちの方であれ、衣食住にしみわたわる「体を弱体化させる有害物質」について取り組んでいくことが、健康のためには重要だということです。
いずれにしても、今ニュースで騒がれているような
日本人の2人に1人以上が花粉症
花粉症は、国民病となっている
という話は、真の原因や諸悪の根源を覆い隠すための鉄板ネタで、花粉を身代わりにしているだけのよくできた話だとしか思えません。
これは近年、異常なまでに急増している「食物アレルギー」にも通ずる問題だと思います。
自然界から生まれる食材に対して、アレルギー的な問題がないとまでは決して言いません。
しかし、こんなにも大量の地球人が、地球の大地から生まれる自然物に反応していると考えるより、その食材に一緒に抱き込まれている不自然な人工物や薬剤系のケミカル要素に反応していると考える方が、明らかに理にかなっています。
そして、「砂糖が悪い、塩が悪い、コーヒーが悪い、小麦が悪い、乳製品が悪い‥」などの自然の食品を悪に仕立て上げている説も、本当に有害なものを覆い隠すための残念な物語になってしまっていると思います。
「砂糖という麻薬をやめたら肌荒れが治った!」
「60日間の砂糖断ちで、別人に生まれ変わった!」
などのセンセーショナルな主張で、何百万回もの再生回数を稼ぐYouTubeのインフルエンサーや、それに続いて行動を起こした人たちの体験記を見てみると、結局やっているのは
甘いお菓子をやめた
ジュースを水に置き換えた
ジャンクフードをやめた
朝食のシリアルをリンゴやアボカドに置き換えた
ドーナツやハンバーガーもやめてグルテン断ちをした
できるだけオーガニックフードを選んだ
などなど。
言ってみれば、これらは「砂糖断ち」ではありません。
「添加物」断ちであり「人工甘味料」断ちであり「加工食品」断ちであり、総じて言うなら【食品から取り入れる有害な合成化学物質】断ちということです。
実際には、ヒユ科の植物「砂糖大根(=テンサイ)」という自然野菜が有害なのではありません。
また、イネ科の植物「サトウキビ」という天然植物が有害なのでもありません。
コーヒー豆という自然な果実が有害なのでもありませんし、小麦という植物や牛さんのお乳が有害なのでもありません。
そこにあるのは、自然の恵みと、おいしさと栄養です。
有害なのは、そこに一緒に抱き込まれている合成化学物質や残留薬剤です。
かつ、人工的な加工方法から生じる弊害や、移香問題に付随する香害・薬害物質であって、そちらのほうが食品全体を狂わせていると言えます。
諸悪の根源である真犯人を見誤ってしまうことは、その食材に対しても、それを育ててくれる地球に対しても、丹精込めてそれらを無農薬&無香害で作っている生産者さんに対しても、非常に失礼で残念な話になってしまいます。
人々の健康が蝕まれているこの時代においては、どこにでもある花粉が犯人扱いされるように、どこにでもある砂糖や、どこにでもある野菜、どこにでもある果実などが、今後もどんどん犯人扱いされていくでしょう。
しかし、本当に体調や環境をよくしたいと願うなら、このような悪質なすり替えのトリックに対して、もっとはっきりと目を覚ましていく必要があると思います。

毎年、「花粉症の季節」と言われる春先になれば、除草剤の使用のピークとなる波がいきなりやってきて、私たちが呼吸する環境中に大放出されているのです。
「そんなもの、一体どこに?」‥と思われるかもしれませんが、
日ごろ徒歩で通るさまざまな道沿い、駅周辺、公園、駐車場、一般道路と高速道路、鉄道、学校、公共施設、観光施設、自治体が管理する川の土手、空き地、植え込みや花壇、個人宅、企業の敷地、ゴルフ場やキャンプ場・・などなど、指摘し始めたらキリがないほど身近な場所で使われています。
以下は、YouTubeに一般の方がアップされていた鉄道での散布風景ですが、線路のすぐ向こう側にはアパートやマンションが立ち並んでいる様子が見えます。
まさに、日本のよくある街並みです。
こんな風に、私たちが寝静まったあとの「真夜中の薬剤散布」という業務が、季節によってはあるのだと知ると、「朝起きたら喉が痛くなっていた」などの症状も、『そりゃそうでしょうね』と当然に思えてきませんか?
家族みんなが通る道路や駅周辺、公園、ショッピングセンターの駐車場などでも「人がいる時間帯を避けた散布」というお仕事があることを知ると、「家族みんなで同時期に同じ症状になった」などの現象も、『そりゃそうでしょうね』と納得できるようになりませんか?
道路も駐車場も、公共施設も私有地も、どこにでも広がっているものですから。
また、学校もそうです。
私立であれ公立であれ、その学校を管理する責任者の判断や、管理を委託された業者の方針によって、除草剤や殺虫剤が年間にわたって使用されます。
こういったお仕事があることを理解すると、学校に通う子どもたちが次々と体調を崩す波が年に何度か訪れるのも、『そりゃそうだよね』と慮れるようになってきませんか?
そして、これだけではありません。
春先のシーズンには、日本中の畑で作物の植え付け前の準備として、土壌中の細菌類・カビ類・センチュウ類などを殺すための消毒剤・殺菌剤・殺虫剤が大量に導入され始め、その後、緑が深まるにつれて各農薬が次々と消費されていく流れに入っていきます。
「風と一緒に花粉が飛んでいる」というのならば、「風と一緒に化学物質が飛んでいる」という視点も持たないと、明らかにフェアじゃないでしょう。
このような除草剤や各種薬剤は、人間の通り道だけでなく、ワンちゃん、猫ちゃん、野良猫ちゃんの散歩道や生活空間にもしみわたり、彼らの目や鼻に侵入して粘膜をただれさせ、命を常に脅かしています。
そうやって毎年、十数万トンという驚異的な量の薬剤が、私たちが呼吸する環境中にばらまかれているのです。
(統計データ参考資料:https://www.croplifejapan.org/labo/data.html )
しかも、この内訳は、粒タイプや粉タイプに加えて、液体ならば希釈する前の「原液」の量として算出されていますので、人が飲めば死に至るレベルの濃度でのお話です。
実際に、希釈して使用する「散布液」の量を換算するなら、全体のうち仮に3分の1だけが濃縮タイプの液体だと仮定して計算しても、毎年、数千万トンという気の遠くなる量の薬液が私たちが暮らす環境中にばらまかれていることになります。
人間であれ、動物であれ、これで具合が悪くならない方がおかしいというレベルです。
加えて、ありとあらゆる日用品を生み出す産業界、建築業界、ファッション業界、化粧品業界・・・もはやどの分野においても、年々合成化学物質は増え続けているというのに、それに比例して増えている「アレルギー患者」とやらの原因を、なぜ『花粉』にだけ求めるのでしょうか?
自然は、むしろ破壊され続けている一方です。
森や山々をつぶし、大規模発電パネルに置き換えられたその大地は、同時に「大規模な除草剤散布」の温床にもなってしまうのです。
メガソーラーが増えれば、それだけ除草剤の使用量も増えていきます。
大量の薬剤散布と自然破壊に、動植物はまともに生きていくことはできません。
年々、ここまで自然破壊が深刻になっている中で、なぜ人間は、増え続ける患者の原因を、執拗に『花粉』になすりつけるのでしょうか?
その答えは考えてみればわかりますし、冷静になって見つめ直すなら、もはや筋など通っているとは思えないシナリオです。
ありのままの現実が見えてくると、体調不良の原因を常に自然界や自然現象になすりつけている「一般常識」が、狂気の沙汰にも思えてくるのではないでしょうか。
私たちの意識が目覚めた途端に崩壊しそうな概念ですが、複雑で頭の良さそうな理論の数々と、多様な図解イメージは、いつも上手に私たちに催眠術をかけてきます。
しかし、なんといってもです。
もし仮に、自分が本当に植物アレルギーだったとしても、そうではないケミカル的な要素で体調を悪化させているのだとしても、「自分を健康にするためにできること」は結局は同じなのです。
自分の生活習慣の要素と、環境的な要素をひとつずつ見直して、よりよい方向に変えていくこと。
そして、そんな一歩一歩は、確かに時間を要することかもしれませんが、今すぐこの瞬間にできることもあります。
それは、花粉に対する負のイメージを、意識の中でくつがえすこと。
それなら今すぐ、気軽に誰でも試してみることはできます。


自然を憎まなくていい、嫌悪しなくていいというのは、とても気分のいいことだと思います。
なぜなら、人間という存在も、自然そのものだからです。
自然を悪者にし、自然を憎むよう仕向けられている今現在の一般的な価値観は、潜在的には「自分を憎む自殺行為の価値観」を育てるベースになり果てています。
私たちが自分のことを本当の意味でケアし、正気を取り戻せば取り戻すほど、自分や周囲を健康で幸せにできるだけでなく、自然界の生きものたちにとっても、やさしい世界が待っています。

心の準備のできた、やさしく強いあなたは、自然をたくさん愛し、そして自分のことをたくさん愛してあげてくださいね。
今日もお読みくださり、ありがとうございました!
何度でもここに戻り、セルフワークを楽しく実践されてみてくださいね。・*☽:゚
2026年4月
春風とともに愛を込めて
✦━あなたの健康と平和を祈ります━ ✦
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