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おすすめ音楽サイトと、私の黒歴史

  • 3月12日
  • 読了時間: 20分

更新日:6月1日



ある日、自分がいろんなものに過敏になり始め、世界が一変した日——、


あれから早いもので、もう20年もの歳月が経ちました。


何に過敏になったのか?というと、「石油系の合成化学物質」と「人工的な電磁放射線」なわけですが、そのなかでも特に生命に害を及ぼす特性を持ったものに対して非常に強く反応するようになりました。


石油製品であれ電磁放射線であれ「すべてがあぶない」というわけではないですが、私たちが想像する以上に、環境や人体や動植物に有害なものは多々あるというわけです。


このような敏感体質なって以来、本当にいろいろなことがありました。


初期の頃は、「化学物質や電磁波って有害なものが多い」とか、「それに対して人体が過敏になることがある」とか、そういったことはほぼ知られていませんでしたし、自分の中にもそんな考えはなかったので、自分の身に起きていることを理解するのもハードな状態からのスタートでした。


シャンプーや化粧品など、薬局で売っているようなもの全てで気分が悪くなるのは分かりやすかったからまだしも、とにかく謎だったのが「電気的なもの」に対して起こる体の反応です。


得も言われぬ異様な苦痛が、とにかく意味不明。


パソコンに触ることで謎の低体温と麻痺感、言いようのない体調不良に見舞われるようになったのは明確な兆候でしたが、かと言ってどうしていいか分からず。


できることと言えば、手当たり次第にコンセント抜く‥という、自分でもよーわからん行為をするしか成す術がない時期もありました。


そのころは、東京の狭いワンルームの中で、数少ない電化製品だったラジカセと電子レンジのコンセントを抜いて押し入れにしまい、さらには冷蔵庫のコンセントまで抜いてやり過ごしていました。


真の解決策はそれじゃなかったわけですが、本当にどうしていいのかわからなかったのです。


そんな長い道のりの中で、驚きと戸惑いで圧倒されていたころ――


悪名高き柔軟剤と同じくらい、私が打ちのめされた驚異的な合成化学物質の塊があります。


そのひとつが、「髪の色を加工する化学薬剤」です。


なかでも、金髪をはじめとした奇抜なカラーが衝撃的でした。


一瞬すれ違っただけで体が崩れそうになり、思わず地面に膝をついて道端で休まなければならないほど。


ほんの一瞬、すれ違っただけで地獄。


風向きによっては、また地獄。


たまたま自分が歩いていく方向に、奇抜なヘアカラーの人がいると、その人が小さくなって見えなくなったあと、しばらく時間を置いてからじゃないと同じ道を歩けないほど。(空気に化学成分が残留するため)


で、やっと歩き始められるかな?と思ったら、今度はまた別の奇抜なカラーの人がやってきて・・・という具合で、なかなか道を前に進めない。


当時は、そんな現実に本当に打ちのめされました。


体が敏感になる前は、誰かの髪に色がついていたとしてもそこから何か悪いものが出ている実感はなく、「脱色・染色する瞬間だけは、確かに地肌に悪いんじゃない?」くらいの考えしかなかったと思います。


なので、本当に衝撃でした。


と同時に、そんな事実に別の意味でのショックを受けました。


なぜならばです


この左下↓の金髪野郎は誰?


といえば、かつての自分だったからです。


(※ 昔「Doll」に載ったときのアー写。27年くらい前か?‥笑)



見知らぬ金髪の誰かに恨みごとを思う前に、真っ先に頭にこうよぎりました。


「これが因果応報か?」と。


無自覚のまま自然界を深いところから化学物質で汚染していた、そんなティーンエイジャーの行為がブーメランのように自分に返ってきたような気がしました。


目の前を通り過ぎゆく見知らぬ人の頭から放たれている空気はものすごい苦しくて、うなだれながら何度も思った、


「気付かせてくれてありがとう・・」と。


自分がこんな体質にでもならないと、ここまで深くは痛感しなかったことだと思います。



そして、あれから時は流れに流れ。



金髪は「バンドマンか、ヤンキーか?」くらいだった時代は終わり、今では通常のオシャレとして、さまざまな職業の人たちが髪にいろどりを加えています。


しかも、地球は汚染しても自分の地肌は汚染しないよう、毛先だけに施したり、メッシュにしたりと、さまざまな工夫やバリエーションも増えていきました。



私にとって、人々の頭が凶器になって早20年。



目に見えない空気のナイフで体を内側から切り裂かれるような衝撃を繰り返し受けるたびに、人生が終わりのない無限地獄に見えてきて、まずは肉体の問題とは別に「この心に受ける終わりのない苦痛を何とかせねば」と思った。


体の苦痛と心の感情をそっと切り離して


目の前を通り過ぎゆくどこの誰かも分からない悪気のない見知らぬ人の人生に静かに思いを馳せて、怒りでもない憎しみでもない何かを見いだせるように、


深い悲しみに墜ちないように、


そっち側ではなく、クリエイティブな新しい一歩を見いだせるよう、注力してきました。


そんな心の中の小さな一歩一歩が、私がこの人生で得た本物の財産です。


体にかかるダメージのたびに、心の傷まで深くなっていった・・・そんな時代もありましたが、何であれ今はもう気持ちの面での折り合いがついて、あらゆることを達観できるようになりました。


人が「変わってくれないかな」とか「気づいてくれないかな」とか、そういうことを思ってみたって、どうしようもない。


自分の力で変えられる対象は常に「自分」で、できることと言えば自分自身を「こうなりたい」と思う自分へと純化させていくことだけが確実に起こせる変化です。





そして、「自分を純化する」という意味では、私はこの体質のおかげで「そうか、自分って本当に自然が好きなんだなー」ということを知ることができました。


体に起こるこうした厳しい現実が、その事実を気づかせてくれたのだと思います。


染めていないのが好きです。


黒髪なら黒いままがいいし、白髪になったら白いままがいいし、はげたらはげたままを受け入れたい。


実際、そうやって生きている人の姿を見て、本当にかっこいいなと思いました。


今の時代、そういう人は本当に貴重で、人生でたった一人でも実際に出会うことができたなら、もやはラッキーなのかもしれない。


茶髪やカラーリングはカッコよく、白髪は最悪で、はげてるのは恥ずかしい・・・という、産業界によってつくられた集合意識から一歩脱出するだけでも容易じゃない時代です。


「何が美しく、どうだとカッコいいか?」というイメージが、すでに集合的な無意識にまで深く刷り込まれているこの時代で、


『自分って本当は何が好きなの?』


ということを見いだすのさえ簡単じゃない世の中です。


私自身、初めて髪を赤く染めたのは確か16~17歳のころで、おそらく誰かや何かの真似だったのかな?と思います。


自分としては真似したつもりはなくとも、少なくとも「何か」や「誰か」から潜在的なインスピレーションを受けて、自分自身を形成していく時代が誰にでもあります。


そして、もっと言えば、生命の基本というのが「模倣」で出来ています。


人間というのは、赤ちゃんのころから「周囲を模倣する」ことによって成長していく生きものです。


ある程度の成熟した大人になるまで、あるいは老人になって死ぬギリギリまで、そんな模倣を無意識にもずーっと続けていくのが人間です。


模倣が当たり前だから、何かを真似している自覚もないまま生きていくわけですが、それでも人はあるときを境に「本当の自分らしさ」というものを探し始めると思います。


その瞬間から、いろんなものが崩れたり、大切だったものが壊れたり、はたまた再構築されたりと。


そこからが、まさに人生が自分らしい色で彩られていく、本当の本番が始まるのだと思います。


自分のことを振り返ってみても、10代の反骨精神というやつは「なんかそういうのを髪で表現する」っていう実に単純なノリだったと思いますが、それは自分が傾倒していたパンク界のコンセプトを素直に吸収した結果だったと言えます。


そのとき「自分の頭に塗り込んでいたものが実際には何なのか?」なんて考えたこともありませんでした。


でも、個人的にそれを好きでやっていたのは10代まででした。


最後に金髪にしたのは確か20歳を過ぎたころで、その時は本当はやりたくてやったわけじゃなかった。


当時は、ミクスチャー×ハードコアバンドをやっていて(上の写真↑)、新宿の某レーベルからミニアルバムも出させてもらい、非常に恵まれた状況でもありました。


同じレーベルメイトには「マキシマム ザ ホルモン」がいましたね。(注:音楽性や精神性は似ていません)


今考えてみると、未熟だったのにあり得ないくらい恵まれた環境にいたのかもしれないなと気づかされます。


バンドメンバーは、みんなすばらしい人たちだったと思います。


ただ、残念ながら、自分に限界が来た。


何に疲れているのかもよく分からないまま、何かに疲れ切って、


20歳を過ぎたころの自分は、朝から晩まで大好きなドラムのことしか頭にないのに、何だか知らないけど鏡に映る金髪の自分が大嫌いになっていた。


「自分は恵まれてるじゃん、もっとがんばれよ」と頭ではわかっていたけれど、押し寄せるように何かが限界にきて「もう音楽をやめよう」と思いました。


当時働いていた音楽スタジオでは、オーナーに「2店目を出そうと思うんだけど、君にそっちを任せるからやってみない?」と持ちかけられても、何も考えずに「いいっす」と2秒で断っていました。


今思い出すと、断り方がバカすぎて笑えるとともに、2秒で断られたほうも相当カチンときただろうなとこの歳になって大人の気持ちが分かると申し訳なく思いますが、当時は自分なりに目の前の大人が尊敬できず、辛かったんでしょうね。


好きなものを追求していたつもりが、自分のことが嫌いになり、環境も嫌いになって、人生まで嫌いになる。


ありがちです。


若かったから人生経験も浅くて、壁にぶつかったらどっちに行ったらいいのかも分からないから、とりあえず「そこを去ってみてから考える」という選択しか、正直に生きる道は見つからなかったのでしょうね。



でも、「自分を嫌いになる」という過程は、人生の一大チャンスでもあります。



人間の感情反応というのは、大きく分けて


1.好き

2.嫌い

3.どちらでもない(=何とも思わない、どうでもいい)


という3タイプに分かれます。


この3種類の中でも、「好き」と「嫌い」は表裏一体で、好きだったのに急に嫌いになることもあれば、嫌いが極まって「大好き」へと転換することもあります。


その理由は、「そこに自分の心が何を見いだすのか?」という着眼点の推移や変化によって、あるときは「好き」と思えたり、またあるときは「嫌い」を発見したりすることがあるためです。


好きだったはずのモノや人が、その奥にあるものを知ってしまって「大嫌い」になることもあれば、それとは逆に嫌いだったはずなのに深く知っていくうちに自分の成長に伴って何かを発見し、「しみじみ好きだ」という感情反応へと転換することもあります。


人生は、自分という表現者を通して、自分が成熟するたびに「新たな好きや嫌い」を発見していく、自分だけのフィールドであるとも言えます。





私はその時、自分のことが嫌いすぎる状況になり、そんな嫌いな自分をやめていった先に、また人生を好きになる景色に出会えました。


疲れ切った反動で吹っ切れて、しばらく自分らしくいることができると、それだけで人生の流れが激変したりします。


「もう音楽はやめていいな」

「もう何もいらないな」


と、開き直っていた矢先、ふと出会った仲間で組んだスリーピースバンドは、私の人生で強烈に思い入れの深いバンドになりました。


髪を加工せず、自分の内側も加工せず、仲間に恵まれ、純粋な音楽の楽しさやすばらしさを思い出して、一時期は本当にいい時代を送ることができました。





しかし、目指すものが明確にあって全速力で走り続けていたい自分は、また新たな壁にぶつかることになりました。


「人生って、何なんだろう?」


と、そんな本質的な問いが湧き上がってしまうと、なかなか後には引き返せなくなります。


それが極まったとき、「音楽漬けじゃない別の人生」という未来予想図が脳裏に浮かび上がってきてしまいました。


音楽が嫌になったのではなく、音楽で表現したかったことを別の方法でやってみたいと思い至った瞬間だったのです。


世の中には、平和な世界をつくるためにできる具体的な行動が山のようにあり、自分はそれをひとつずつでいいから小さくてもいいから今すぐできることを即やりたいと、思い至った瞬間でした。


流行も歴史も、ひたすら姿や形を微妙に変化させながら繰り返されるのがこの世の常ですが、当時はちょうど今の時代背景と重なる部分があり、戦争中毒者たちが戦争という残酷なヤラセを展開していた時期でもありました。


いろんな思いが募って、私は別の世界に飛び込むことにました。


音楽は大好きだったので、未練のないように思い入れのあった楽器をわざと手放すことで、心の整理をつけました。


結局はその後、もう一度だけドラムに復帰する機会に恵まれたのですが、その時にはすでに体がおかしくなり始めていて、ドラムを再開する前から鉛筆を持つ手が常に震えていたのを思い出します。


それが、体からの異常なサインだとは思えなかった。


道端でふと倒れそうになることが、体からの異常なサインだとも思えなかった。


なぜ意志の力でちゃんと手足が動かないのか?‥と奇妙には思っていたけれど、「それ日本語で言うと麻痺ってやつだから!」という発想はありませんでした。


ただひたすら「元気があれば何でもできる!」というイノキ的な精神で、やる気さえあればすべての不調は滅するからね!と本気で信じていたのです。


確かに「元気があれば何でもできる!」というのは、あなどれない真理だと今でも思いますが、しかしその「元気」というやつは、日々の食事や睡眠、運動や生活環境などの健康管理があってこそ作られる「元気」なのだという、そんな基本的な考え方が当時の私にはすっかり欠けていたのでした。


単に「イェーイ!」的な元気があればOKっしょ!と思っていたという。


アホですか。と思いますけど、まぁアホだったんでしょうね。


音楽を一度やめてみてよくわかったのは、音楽漬けだった時代は不健康な生活をしていたけれど、体がわりと丈夫だったということ。


というのも、毎日欠かさず筋トレをしていたんですよね。


当時はまだ若かったから、バンド専用の機材車も持っていなくて、基本は徒歩でした。


特に、ハードコア時代にいつも持ち歩いていたのは、スティック類などのジャラジャラした基本セット以外に、スネアドラム、ツインペダル、チャイナシンバルやスプラッシュ、シンバルスタンド‥などなど色々あったと思いますが、なかなかの金属のかたまりを素手で持ち、スタジオにもライブハウスにも電車と徒歩で行くわけです。


だから、ドラムを叩くための筋力ではなく、荷物を運ぶ体力が必要でした。


重い荷物を持ち歩いて、リハをやってもなお有り余る体力というのを目指し、毎日欠かさず最低限の筋トレはしていました。


ある時は、バンド友達に「毎日、腕立て伏せやってるんだ~」と言ったら、「へぇ、やって見せてよ」と言われ、やって見せたら「なにそれ床にあごつけてないじゃん」と鼻で笑われました。


くっそー!と思ってそれ以来、あごをつけて正しいフォームでやることを身につけ、腹筋や足トレもガッツリやっていました。


そういうことを日々の日課として必ずこなしていた時代は、体が激弱だったはずの私も、けっこう丈夫だったと思います。


なので、「人間が健康に生きる上で、基本的な筋力がいかに大切か?」という点は、自分の経験からも痛感しています。


ハードコア界のバンドマンたちは、無意識に筋トレを習慣にしている人や、格闘技で心身を整えている人も多く、自分もそういう方向性が好きだったし、自然と影響を受けていたと思います。


バンドをやめたあとの私は、重たい楽器を運ぶこともないから筋トレをしなくなり。


夢中になると、食事も睡眠もそっちのけで没頭してしまう性格なので、なんだかんだで働き詰めてしまい、そのうち体が狂い始めました。


で、そんなボロボロの肉体で、あるときバンドを再開してどうなったのか?・・というのは、いつか語れる日が来るかどうかはわからないのですが。


いつか、当時のバンドメンバーにも、このような独特の活動をしている私の存在が「知られたくない恥の存在」ではなく「誇りに思うよ」と思ってもらえる日が来ることがあったら、そのときは何かを語ってみたいですね。




というわけで、音楽時代と音楽のことを語り出すと、キリがありません。



たぶん、これを読んでいる皆さんの中にも「音楽でいろんなことを語れます!」という人はたくさんいらっしゃるのでは!と思います。


音楽は、人間性の表れそのものです。


あなたは、どんな音楽が好き?

どうして、その音楽が好きなの?

どんな思い入れがあるの?


そんなことを、自分の思い入れのある音楽にのせて、自由に語れるサイトがあります。


今日はそんな「思いを込められる音楽サイト」をご紹介したくて、音楽の思い出を自由に綴ってみようと書き出したら、こんな内容になってしまいました・・・なんということでしょうか!



それで、こちらが肝心のおすすめサイトです↓




音楽好きにとっては、どれだけ可能性を秘めた素敵なサイトか、実際に使ってみて感じていただけたら!と思います。


このセンスのいいサイトを作ったのは、私がかつて音楽をやめていた時代に出会った友人でもあるのですが、すばらしい創造性の持ち主です。2年くらいかけてコツコツ作って公開に至ったのだそう。


こんなものを作り上げる情熱って、本当にすごい!と静かに胸を打たれました。


人がこんなにも純粋な気持ちで思いを形にすることができたなら、この世界は一体どれだけ豊かで素敵なものになるのだろうね!





こちらのサイトはGoogleアカウントでログインでき、ログイン後は表示名やプロフィール画像なども自由に変更できます。


使い方は、直感的にパっと理解できる仕様になっているので、やりながら簡単に覚えられると思います。


基本的な特徴としては、

◆自分オリジナルのプレイリストを作れる

◆自分の思いを書き込める(曲ごと・プレイリストごと)

◆曲ごとにブログのような記事も書ける

◆広告なしで連続再生できる(←すごい)

◆使用料は一切無料!

◆サイト内は埋め込み広告も一切なし!


などなど。ほかにも魅力が盛りだくさん!


曲順の変更も自由で、アーティストを応援するための機能(Spotify やApple Musicと連携)もついています。





かつて、音楽仲間と出会う際は、自分の音楽性をテープやMDにまとめて交換し合う文化がありましたが、そういったものの現代版にもなりそうだなと思いました。


ミュージシャンを志す人たちが使われる場合は、いろいろなおもしろい活用方法もありそうです。






完成したプレイリストは、全員に見てもらえるように「公開」にする設定もできるし、自分用として「非公開」にもできるほか、URLを知っている人だけに公開できる「限定公開」の機能もあり!


設定を「公開」にすると、プレイリスタHPの一覧に掲載されます(↓)。


公開前に、好きなカバー写真を選び、見た人にも何かが伝わるような説明を一言でも入れておくと、見る人にとっても楽しい&優しいと思います。





なんと言っても、これまで存在していた媒体のプレイリストとの違いは、「思いを持った人が集える場所がある」ということかなと思います。


音楽に対する人間らしい感性を共有していくことは、私たちの感受性を知らず知らずのうちにバグらせていくAI音楽を無条件で受け入れていく今の流れについても考えさせられるいい機会にもなると思います。


音楽を愛するみなさん、ぜひ使ってみて、楽しまれてみてください!


唯一、気をつけておきたいことは、編集した文章や追加した曲は自動保存されるわけではないので、手を加えるたびに「変更を保存する」のボタンをチェックするのをお忘れなく!


それだけやっておけば、間違いないと思います。






私は、プレイリスタでは「MOON」の名前でいます。


まだ始めたばかりで、思いの共有は少ししか書き込んでいませんが、いくつかプレイリストを作っている最中です。


ぜひ、みなさんの素敵なプレイリストもチェックしにいきけたらいいな!と思います。




今日のブログは、いつもとだいぶ毛色の違う雰囲気になりました。


たまにはいいんじゃないでしょうか。


本来、こういった身近な切り口からさまざまなことを考えていけたら、とても有意義なのかもしれません。


それにまさに今、ミュージシャンの寿命は、これまで以上に深刻な問題を抱えていると思います。


昔からある音楽に絡んだ健康問題と言えば、先に述べたヘアカラーやタバコ産業とのつながりのほか、スタジオやライブハウスが造られる際の建材問題などが主流でしたが、今やそれに輪をかけて深刻な状況へと発展しています。


特に、薬物問題はますます泥沼化していると思います。


深刻なのは「自分で飲む違法薬物」という、よく知られた問題のほうではありません。


体調管理の目的で、ちょっとした不定愁訴を治す目的で飲んだ薬の影響で心身を毒していること気づかず、依存症に陥ってしまうパターンがあふれています。


副作用としてついてくるパニック障害のような現象を、さらにまた別の薬で治そうとして「副作用スパイラル」に陥り、向精神薬で人生が振り回され、人格と才能が崩壊してしまう実例が大量に存在しています。


そして、その泥沼の道に入り込むきっかけをつくっているものが、やはり「有害化学物質」と「電気的な問題」だと思います。


今、ミュージシャンがステージ上で全身に浴びる「照明」は、昔と違ってLEDの電磁放射線になっています。これが肉体を強烈なまでに劣化させます。


それに加えて、強力な小型アンテナ、Wi-Fi、音響機材のコードレス化、そしてお客さんの数だけ持ち込まれる大量のスマホ・・・


こうした人工的な放射線の嵐にさらされながら、なおかつそれらすべてが混ざり合って引き起こされる、予測不能なノイズ干渉のカオスの中で演奏しなければならない状況です。


人間はスーパーマンではありませんから、これで神経が破壊されない方がおかしいと言っても過言ではありません。


また、アスベスト問題やホルムアルデヒド問題などがすっかり有名になったおかげで、建築関係は「もはや何も問題がない」かのように扱われがちですが、昔より悪化した面も大いにあります。


そのひとつが、抗菌剤&抗ウイルス剤系の薬剤を、壁材・床材に対して練り込んだ新製品の普及、そして【空間除菌・殺菌・殺虫】の概念が生み出す膨大な製品の数々です。


こういったものが世に生み出され、流通していく速度は、すさまじいものがあります。


若いミュージシャンたちが、これから年を重ねていって「おじいちゃんになってもまだまだ現役で、むしろ若いころより鳥肌の立つパフォーマンスができるよ!」という健康的な空間がどこにでもあった時代は、残念ながらもう終わってしまいました。


特に、若い世代の人たちは、赤ちゃんのころから「合成化学物質と電磁放射線の海」の中で生まれてきたので、神経の損傷という視点を考えれば、昔の人たちよりすでに大きなハンデを背負って今を生きていると言えます。


もうすでに、照明の影響でライブハウスに行けなくなった音楽ファンや、パフォーマンスを辞めざるを得なくなったミュージシャンたちが世界中から出始めています。


(※これは単に「まぶしい」という感覚的問題ではなく、家庭での照明問題と同様に、LEDを多用しすぎている現代人の習慣を根本から見直す必要があります)



今の若い人たちが生きる社会をこんな環境にしてしまったのは、これまでの大人たちです。



そして、そんな私たちだって、ただただ誰かの考え方を無意識に吸収し、模倣を強いられ、産業界から与えられた既成概念を素直に受け継いで、何かを実現してきただけなのかもしれません。


しかしです。


これでいいんですか、と思うばかりです。


「生命にやさしくない社会」は、真の平和など到底実現できません。


真に平和で、健康で、愛のある社会にしたいと願うなら、きっとまだまだひとりひとりが何かはできる。


少なくとも、自分のことを健康で幸せにするための行動を、自分に対して起こしていくことはできると思います。


そんな小さな一歩一歩を、平和で愛のある心から起こせたら、素敵なことだと思います。


それが簡単なことだとも思いませんが、「簡単じゃないよ」と打ちのめされそうになるとき、そんな自分を内側深くで支えてくれるものが《音楽》なのかなと思います。



本日もお付き合いくださり、誠にありがとうございました!



それでは、プレイリスタ(↓)でお会いしましょう!!



※MOONのプレイリストはこちら




Bio Sinfonia



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関連リンク

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◆ヘアカラーの概念を崩壊させるスナップ集を作成中!

近日、アメブロまたは note にてリンクを公開しますが、あとでここにも貼りますね。



楽天ROOM(←NEW!)

私でも使える商品などについて、小話とともにご紹介。楽天で購入したものに限ります。




~Moonのお店屋さん~


 
 
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