大切なものを理解するために
- Bio Sinfonia
- 2019年8月26日
- 読了時間: 4分
更新日:2019年8月27日

しばらく前から、ツユクサのシーズンが到来しています。
ツユクサは、海のような、空のような、なんとも言えない不思議なブルーを持ち、誰の心の奥にも確かに存在するかのような、慎み深い輝きを放っています。
この青さは、聡明さと思慮深さを持って「悲しみの真価」に気づくことを促してくれます。
私たち人間というのは、楽しいことや嬉しいことは、誰とでもパっと共有しやすい一方で、心の奥に隠れた悲しみや、言葉にしがたい憂いというものを、なかなか人と分かち合うことがありません。
「人と分かち合うか?」以前に、自分の中の悲しみさえも「些細なことだから・・」と流してしまったり、意識しないようかき消してしまったりするので、自分の思いに気づくことさえ、まず困難な時代なのかも知れません。
人の意識は「物事の正しさ」にばかりフォーカスするので、『自分はどう感じているのか?』『相手は何を感じているのか?』という、表面的な主張の奥にあるお互いの心を、ないがしろにしてしまいがちです。
私たち人間が「なぜ、本来持っているはずの真の優しさや慈しみを、十分に発揮できないのか?」と言えば、それは、自分自身の内なる悲しみの価値を、軽視しているからです。
真の共感の心は、自分の心に寄り添うことが出来てはじめて、育てられていくものです。
自分の「ほんの一瞬の悲しみ」「些細な悲しみ」「深い悲しみ」に気づくことがなければ、わたしたちは『誰かの小さな悲しみ』になんて、寄り添うことなどできないのです。
悲しみとは、ただ感情的にかき乱された悲しいお話のことではなく、悲しみに酔って慰め合うためにあるのでもありません。
悲しみの真価とは、
「わたしにとって、大切なものは何なのか?」
「あなたにとって、大切なものは何なのか?」
ということを、奥深くから理解させてくれるというころにあります。
自分自身の内なる青に心を寄せて、深く理解し、自ら共感していくことは、人としての謙虚さと誠実さを育て、あなたの器に、海のような深みと、空のような寛大さをもたらしてくれます。

そして、様々な青をしっかりと感じ取って体験したその瞬間から、「その感情」はあなたの器から解き放たれて、蝶のように自由に宙を羽ばたいていくことが出来るのです。
これが、「感情を手放す」というプロセスです。
ツユクサは、早朝に花が咲き、太陽が照り付ける昼過ぎには、まるで溶け去るように消えてしまいます。
次々に咲いては、次々に咲き終わり、宇宙という故郷に何度でも帰るかのように、青さが宙に溶けていきます。
「こうやって寄り添ってみて」「こうやって手放してみて」と、ツユクサは実際にやって見せてくれているかのように生きています。
私たち一人一人は、考え方も感じ方も、体も心も、それぞれに違う、別々の存在。
けれどもいつの時代も、人類が最も必要としている「真の共感の心」とは、深い悲しみや困難に対して、本当の意味で内側から静かに寄り添うことができるという、言葉にならない絆なのではないでしょうか。

さて、時々お花のメッセージをお伝えしてきましたが、いよいよ新しいセッションが形になってきました。
これらのメッセージは、いわゆる「花言葉(※)」とは全く別のものです。
木々や植物・虫たちや動物たちのことを「人間の所有物」や「資源」として捉えてしまう概念の外に出て、彼らのことを
『この星に、意図を持って生きる地球生命体』
として完全な敬意を払い、地球での「在り方」「生き方」、そして「意図の持ち方」などのエネルギー的な姿勢までも学ばせてもらうという、そんな考え方が根本には流れています。
そこに込めた私の思いと、その仕組みは、一言ではとても語りつくせませんが、詳細を公開するのが、今からとても楽しみでなりません。
完成まで、あと一歩・・!

・・と言いたいところですが、様々な準備を詰める必要があるので、もうあと3~4歩‥!
持てる力の全てをこめた、新しいセッションを、どうぞお楽しみに。
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(※)花言葉とは・・・世界各地で古来からの言い伝えなども残っていますが、現代の日本で親しまれている花言葉は、「財団法人・日本花普及センター」が普及させているものが主となっています。
品種改良によって作られた園芸植物の場合は、生産者が花言葉を選んだり、遺伝子組み換え技術で作られた花などは、開発した企業が一般からの公募を集めて花言葉を決めたりなどのケースもあります。